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東京高等裁判所 平成11年(ラ)1709号 決定 1999年9月30日

抗告人 X

未成年者 A

主文

1  原審判を取り消す。

2  抗告人を未成年者A、同B及び同Cの各後見人に選任する。

理由

1  本件抗告の趣旨は、主文同旨の裁判を求めるというのであり、その理由は、別紙「即時抗告申立書」写し記載のとおりである。

2  本件記録によれば、次の事実が認められる。

(1)  亡Dは、明治33年○月○日、亡E、F夫妻の三男として生まれ、大正14年8月29日、G長女H(明治42年○月○日生)との婿養子縁組婚姻の届出をし、Hとの間に、昭和24年○月○日、長男である抗告人が生まれた。

(2)  Hは、昭和52年5月22日死亡した。

(3)  抗告人は、昭和53年11月21日、I(昭和29年○月○日生)と婚姻の届出をし、昭和55年○月○日長女の未成年者A、昭和57年○月○日長男の未成年者B、昭和59年○月○日二男の未成年者Cが生まれた。

(4)  平成4年12月22日、DとIとの養子縁組の届出がされた。

(5)  平成7年1月17日、Dと未成年者らとの各養子縁組の届出(代諾者親権者父母)がされた。

(6)  Dは、平成10年8月5日、死亡した。

3  上記のとおり未成年者らの親権者であるDが死亡したため、抗告人が本件各後見人選任申立てをしたところ、原審判は、Dと未成年者らとの本件各養子縁組は、専ら相続税の負担を軽減させる目的を達するためにされたもので、真にDと未成年者らとの間に社会観念上養親子であると認められる関係の認定を欲する効果意思を有するものでなかったことが明らかであるから、本件各養子縁組は無効であり、未成年者らは、抗告人とIの親権に服しているから、後見人選任の必要はないとして、本件各後見人選任申立てを却下した。

しかしながら、相続税の負担の軽減を目的として養子縁組をしたとしても、直ちにその養子縁組が無効となるものではないし、本件記録によっても、本件各養子縁組が養親子関係を設定する効果意思を欠くものであるとはいい難く、本件各養子縁組をもって当然無効ということはできない。そうすると、未成年者らは、戸籍上親権者のいない状態になっており、法律上、社会生活上、未成年者らの監護等に重大な支障が生ずることが明らかであり、未成年者らのために後見人を選任すべきである(民法841条)。なお、家事審判規則には、後見人選任却下の審判に対して即時抗告をすることができる旨の定めはないが、これは、本件のような審判がされる事態が生ずることを予想していなかったからであると解され、本件のように未成年者が親権者(後見人)のないまま放置される事態を生ずる場合には、即時抗告を適法なものとして救済を認めるべきである。

そして、本件記録によれば、抗告人を未成年者らの各後見人に選任するのが相当であると認められるから、当裁判所において審判に代わる裁判をするのが相当である。

4  よって、抗告人の本件各後見人選任申立てをいずれも却下した原審判は不当であるから、これを取り消し、抗告人を未成年者らの各後見人に選任することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 奥山興悦 裁判官 杉山正己 沼田寛)

(別紙) 即時抗告申立書

抗告の理由

1 原審判は、亡Dと事件本人らとの本件養子縁組は、相続税、贈与税の軽減させる便法としてなされたもので、真に社会通念上養親子と認められる関係の設定を欲する効果意思がなかったので、本件各養子縁組は無効であるとして本件養子縁組は無効であるとして本件後見人選任申立てを却下している。

2 しかし、養子縁組が戸籍上存在する限り、利害関係人からの申立で養子縁組の無効確認の裁判が確定しない以上、養子縁組は有効に存在するものとして取り扱うべきものであって、後見人選任の審判において養子縁組の有効無効を論ずるのは間違いである。後見人選任の審判においては、未成年者の福祉のために後見人選任が必要かどうか、誰を後見人に選任するのが未成年者の福祉にかなうかを検討すれば足りる。関係者の誰もが養子縁組を有効と考え、それを前提に後見人選任を求めているのに、裁判所が勝手に養子縁組を無効と決めつけて後見人の選任を却下するなど越権もはなはだしい。

原審判は、養子縁組は無効だから事件本人らは申立人夫婦の親権に服しているとしているが、戸籍上は申立人夫婦には親権はないのであるから、現実には未成年者には親権者も後見人も欠けた不都合な状態に放置されることになる。本件遺産分割においても、原審判を前提に申立人が親権者として特別代理人の選任を申し立てても、申立人には戸籍上親権がないから家庭裁判所はこれを受け付けないであろう。また、仮に、原審判を前提として事件本人らを相続人から除外したまま遺産分割協議をしても、法務局その他の機関はこれを有効な遺産分割とは認めないであろう。原審判が何と言おうと、養子縁組は利害関係人からの申立による縁組無効確認の裁判が確定して戸籍が訂正されない限り、養子縁組は有効に存在するものとして扱われるのである。

後見人選任審判において養子縁組の無効を理由に後見人選任の申立を却下するなどということは、いたずらに法律関係を混乱させ、未成年者の保護に逆行するだけである。仮に養子縁組の効力に問題があるとしても、その有効無効は、利害関係人からの申立を待って別途裁判手続きで決めるべき問題であり、後見人選任審判において養子縁組の無効を理由に後見人選任の要否を決定することは許されないものというべきである。戸籍上養子縁組が存在する以上、後見人選任審判においては、養子縁組の存在を前提として、未成年者保護の見地から後見人選任の要否のみを検討すべきである。

3 仮に、後見人選任審判において、前提問題として養子縁組の有効無効を判断することが可能だとしても、相続税等の軽減を目的として養子縁組をしたからといってその養子縁組が無効となるものではない(東京高裁平成3年4月26日決定家裁月報43巻9号20頁)。本件養子縁組は、Dの財産を直接孫である事件本人らに相続させようとの意図でなされたもので、事件本人らの利益のためになされたものである。相続は親子関係における重要な要素のひとつであり、孫に遺産を相続させるために孫との間で養子縁組をする意思がある以上養子縁組の効果意思として何ら欠けるところはない。養子縁組の結果、相続税等の軽減の効果が生じるとしても、それは相続税法上の問題であり、養子縁組の有効無効とは関係がない。まして、何人を養子にしようが相続税の軽減措置を受けられるのは養子1名分に限られているのであるから、本件における相続税軽減の効果はさほど大きなものではなく、「脱税」などと指摘される理由はまったくない。

4 原審判によれば、事件本人らには戸籍上後見人も親権者も存在しない不都合な結果になる。また、事件本人らには相続権がないことになり、Dや申立人らが事件本人らに財産を与えようとした配慮がすべて無に帰することになって、事件本人らに著しく不利益な結果となる。

本件Dの相続にあたっては、Dと事件本人らとの間に養子縁組が存在することを前提に税務申告をしており、このことについて税務当局から問題を指摘されたことはない。関係者は勿論、税務当局さえも何ら問題にしていないことについて、ひとり裁判所だけが「脱税」と決めつけて養子縁組が無効だなどと勝手に判断することには到底承服できない。

本件は、事件本人らに法定相続分に従った遺産を取得させるための遺産分割を目的とした後見人選任申立であり(後見人選任後に特別代理人選任の申立予定)、事件本人らに利益はあっても不利益はまったくない。家庭裁判所は子の福祉を第一に判断すべきであり、税務当局ですら問題にしていない養子縁組の効力を理由に事件本人らから相続権を奪うようなことは家庭裁判所の本来の存在意義を忘れたものと言わざるを得ない。

5 更に、言うまでもないことであるが、Dと未成年者である事件本人らの養子縁組に当たっては、家庭裁判所の許可を経ており、その際は、事件本人らの福祉に反するものではないとの判断で格別の問題もなく許可がなされている。原審判は、養子縁組の際の家庭裁判所の許可とも整合性を欠いており、司法に対する国民の信頼をも損なうものである。

6 尚、家事審判規則には、後見人選任却下の審判に対して即時抗告することができる旨の定めはないが、それは本件のような審判がなされる事態が生ずることなど予想しなかったからであり、本件のように未成年者が後見人もないまま放置される異常事態を生じる場合には即時抗告が認められると解される(前記東京高裁決定)。

7 よって、抗告の趣旨記載のとおりの裁判を求める。

以上

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